草が草の記憶を語りだすと
風の結晶はふと風に溶けていく
掌で温めていた卵が
消えてしまった時
わたしは初めて言葉を知った
その日の夕方
新しいベッドを買ってもらった
感謝の気持ちを伝えたくて
薄暗い台所におりていくと
美味しい水、とラベルに書かれた
美味しい水を飲んだ
触れるものはすべてが柔らかく
束ねられている
言葉、上手になったのね
そう褒められて覗き込んだ瞳には
海がひとつだけ映っていて
待合室みたいに狭く澄んでいたから
わたしは待つしかなかった
蝉がまっすぐに夏を鳴いている
本当はベッドも台所もない
誰もいない野原に
卵だけが転がっている
浅く深く呼吸を繰り返しながら
待ち続けている身体
生きているのに
生きることが遥かに懐かしい
たもつさん、こんばんは。
たけだたもつさんという作者独特の、絶妙ともいえる、"想像の裏切り" の技法によって、読み手は、戸惑いながらも、美しくて、不思議な、主人公の魂の世界に魅入らされていくのです。 "わたし" が、いったいどんな姿をしてるかなんて、もうどうでもよくなって ... ただ意識の記憶を巡る、草や風、卵、ベッド、台所、美味しい水、夏の蝉の声、ひとつの澄んだ海など ... を懐かしく感じている者が、作者の生命(いのち)そのものなんだなって、ただ漠然と感じていました。 ゆめの