ひとふき口笛を吹いた
狐牡丹の花が咲く初夏の夜明けの田園には誰もいない
遠くの岸から海水の音がきこえる
駆けだすと足に青草が絡む
列車がくる
ゆったりと流れるその車列は光のとどかない朝の海をながめ
なめらかな人魚のうろこのようにうごく
ピストンの起動音がごおごおと響き
暗い車窓は僕の吐息と同じリズムを刻んでいる
ずっと
わすれものをしていたようです
教師に注意されるのだが
長い休みのあいだの宿題はまだ
取り壊してしまった家の部屋の机のなか
人物の面影が列車の車窓に流れてゆく
夜の杉が流れ
夜の杉は現れる
鳥たちが鳴きさわぐ前の朝のとき
白く映える明けの明星は輝く
両足をちいさくひらき
紫と灰色が混じった頭のうえの朝に息を吹きかけた
目覚めている僕は昨日を思ったまま朝の光りを待つ
狐牡丹のちいさな黄色い花をいくほんも摘み
清らかな小川を渡り家路をてくてくと歩く
家に花を持って帰ると牛乳瓶に活けてみた
縁側に座りなおし
瓶をいくどとなく眺めては
過ぎてしまった夜明けの瞬間をめぐる
朝風のなかに眠ったふりをしている
ゆっくりと流れ去る失ってしまった時の中に何か思い残したものがあるのでしょうか。自分ではわかっているけど、取り戻せない、そんな気持ちを感じました。