二次元に囚われし女精(ニュンフェ)たちは平和を司る
連絡通路の壁に所狭しと貼られた架空の広告は
混雑する狭い通路の争いを防ぐものだ
広告に描かれた、夏限定で排出される設定の
肌の露出が多い女精たちは
群衆の視線を奪取し、前方へと誘導する
雑踏は息を潜め、酸素を求めて
一刻も早い通路経過を望むのだ
女精に平素乳房を隠すならいはなく
纏うといえば面帕(ヴェール)のみ
そのため肌との接触面は狭いとはいえ
着ごころに聊かの違和感を抱くらしい
半宵、人々の波は途絶え
勤めを終えた女精たちは
形ばかりの装衣を脱ぎ
広告の奥の常世へと戻る
やわらかな一角獣の毛衣に肌をうずめ
蔦の葉から落ちた雫を顔に落とすと
東洋人のような風貌はほどかれる
絵解の役目を果たさぬ絵解を読み終えた女は
視線を落とす
画題は…
孤海さん、こんばんは。
作者の想う世界と、私のインプレッションとは、きっと違っているのかもしれませんが ....
現在形で必死に取材に走り回る、ある一人の女記者の、超多忙だった帰り道の、路線間の連絡通路上で起きた、劇的ともいえる精神の衝撃が、自然と詩の言葉になっていったのではないかと想像しました!
広告でありながら、先を急ぎ歩く人々の目と感情を、釘付けにしてしまうほどの、そのニュンフェたちの美しさはいかばかりであったでしょうか!
汗して働く者達へ、古の神話の世界がくれた、いっときのやすらぎは、あたかも清涼剤を飲んだような感覚で、彼女はぽつんと一人、ニュンフェたちの広告群に飲まれて、ただ呆然としていたのでしょうか ....!?
よろしければほんの少し、この素敵な幻想詩のエピソードを教えていただければ嬉しく思います。
ゆめの
ゆめの様
この詩から、ここまで想像できるゆめの様に感服…。癒やされる側の働く人々はおっしゃる通りで、癒す側が強いられる労働をタイトルにある「つとめ」として書きました。
一応、西洋画と、日本のソシャゲ広告を行き来しなければいけない下級女神を主役にしたつもりでした。しかしながら、いろいろな解釈を楽しんでもらいたいなーと思って書いた詩でもあるので、ゆめの様のコメント嬉しいです!