聞こえる音楽は粒か線か耳に残るのは点か引き寄せるものかそれは体験か記憶か音楽は音か楽か見知らぬものか懐かしきものか大きな渦が小さな筋となって押し寄せてくるあがなうものたゆたうもの粒をつかむもの線をたどるもの手を伸ばすもの岸に帰ろうとするもの数多き人々のもとにその数多き人々より多くの音がおしよせるただただ漠然とした音という得体のしれない楽がある
kuzuani1999様、はじめまして。コメント失礼いたします、
音楽は聞く者、捉える者によっては同じ曲でも全く違う印象や感想を抱かせる、不思議な存在ですね。「粒=音符」「線=五線譜もしくはスラー」もイメージしているのでしょうか?と、視覚的な考察も刺激されながら読ませていただきつつ、音楽とは何か?」というものを改めて考えさせていただきました。
kuzuani1999さん、こんばんは。
初めまして。
よろしくお願いします。
この詩は、音楽をこよなく愛する作者が、けっして目では見ることがない、けれど自身にとっての、確かな存在 ( 音楽 ) へ、敬愛をこめて綴った手紙であると、私はそう受け止めて拝読しました。
また音楽は、多くの人たちにとっても、親しい友人のように、四六時中側にありますね!
どんな音楽を聴きながら、あなたは、この詩を書いていたのでしょうか …..
詩に散りばめられた言葉たちから、私は、こんな音楽かなあって、想像してみたのですが …..
スメタナ『モルダウ』
ストラヴィンスキー『春の祭典』
ベートヴェン『交響曲第九』 など
ぜんぜん違ってますかあ? 笑顔
ゆめの
おはようございます。
音楽って、時には物語であり、時には絵画であり、光であり闇であり喜びであり苦しみであり涙であり私たちの心そのものですね、そして人だけでなく、風や雲や雨も、自然さえ音楽を奏でる。
とても印象的な作品です。
kuzuani1999さん はじめまして
あがなうもの たゆたうものも含めて
音と楽各々のパーツが融合してそれがミュージックになった。
この詩の集大成は最後の二節にあると感じました。
そして音という振動を通じて地球上に存在する色々(楽)が伝わってくるのだと…
そしてこの詩から作者のミュージックに対する深い想いも感じられた詩でした。
※「楽」という字は「どんぐりと糸の房がついたもの」を持って舞い踊る人の姿がとても
「たのしそう」だったので、 「たのしい」という漢字が生まれた というストーリーだそうですね。
ミュージツクのツが大文字を使われたのは?