ツバメのモコちゃん海へ行く
(読み切り)
モコちゃんは今日も海にむかった
岬の赤い灯台がモコちゃんのお決まりの場所
いつもそこで仲間達が来るのを見ていた
さむい冬モコちゃんは南の島で過ごした
そして彼と新しい命のための長い旅に出た
あのあらしさえなければ
今二人は一緒のはずだった
あらしの中で最初に見つけた灯台
モコちゃんはそこで彼を待っていた
友達はそんなモコちゃんに言った
彼はあなたより道に詳しいのよ
無事ならばもうとっくに来ているはず
梅雨も近いのよ ちゃんと現実を見る事ね
モコちゃんにもそれは十分わかってた
わかってるからその言葉が辛かった
のどかな田園から街の屋根をこえ
モコちゃんは今日もあの灯台を目ざす
ウミネコやカラスに追い回されながら
それでも一心に海へむかった
ある日渡り遅れた一陣の群れ
モコちゃんは彼らに聞いて回った
しかし誰も彼の事を知る者は居なかった
遠くを見つめるモコちゃんの目に黒い翼
群れからはぐれ一心に羽ばたく翼が光る
モコちゃんははじかれた様にそちらへ向かった
彼 いや違う 涙で見えない
一途に羽ばたく姿に心が震えた
ただ ただ嬉しくて 嬉しくて
背後に迫るトウゾクカモメのくちばし
モコちゃんはそれにも気付かず
トウゾクカモメの獲物はモコちゃんではなかった
傷ついたはぐれツバメだった
逃げて モコちゃんの叫びにそのツバメは振り向いた
特徴のあるほほの白 まぎれもない彼だ
モコちゃんはとっさにトウゾクカモメの前に出た
まるで傷ついてる様にふらふらと
トウゾクカモメはモコちゃんの動きにつられた
彼は驚いた顔でモコちゃんを見た
そして今まで見たこともない哀しい目で
岬へ向かって必死で飛び去った
モコちゃんは木の葉の様にヒラヒラと
トウゾクカモメの攻撃をかわし続けた
早く逃げてそう叫びながら
彼が岬の向こうに消えるのを見て
ホッとしたモコちゃんの翼に痛みが走った
トウゾクカモメの爪がモコちゃんを傷つけた
恐怖が身体を支配し思うように飛べない
モコちゃんは必死で羽ばたきトウゾクカモメから逃れた
モコちゃんは自分が上手く飛べなくなった事を知った
傷ついた姿を見たらきっと彼は自分を責める
モコちゃんは別の街で暮らすことを決めた
そんなある日モコちゃんは懐かしい声を聞いた
はげしい動悸と振るえがモコちゃんを襲った
彼はモコちゃんの横に並ぶと小さな声でごめんねと言った
モコちゃんは黙ってかぶりを振った
も一度一緒にやれないかな 彼が言った
私はだめ あなたは良い相手を探して
やはり許してもらえないのかな 彼が言った
そうじゃない 私もう渡りが出来ないの
悲痛な思いで告げるモコちゃんに事も無げに彼は言った
そんなの問題ないよ
モコちゃんは彼の言葉が信じられなかった
心の奥で こうなったのはあなたのせいじゃない
そう思う自分が悲しくて
もう南の島へは行けないのよ 越冬するのよ
つい声をあらげて言った
彼は急にポロポロと涙をこぼし
僕はもう海を渡りたくない そう言うと
絞り出すような声で話し始めた
嵐が治まった時僕らはカモメの群れの中だった
疲れきった僕らをあいつらは容赦なく襲って来た
僕は仲間を助けられなかった
自分が逃げる事で精一杯だった
仲間が次々とやつらの爪にやられて海に落ちた
もういやだ 僕はあの海が恐いんだ
彼はまるでヒナのようにぶるぶると身体を振るわせた
若いリーダーとして自信に満ちていた彼
そんな彼からは想像も付かないほど弱々しかった
もう何も言わないで
モコちゃんは彼の言葉をさえぎった
ねえ 火の国って知ってる
モコちゃんの意外な言葉に彼は顔を上げた
少し南へ行くと火の国って所があるの
そこは冬でも暖かいそうよ
私そこまでだったら飛べるわ
モコちゃんはニッコリと笑って言った
梅雨間近の鈍色の空を
二羽のツバメが寄り添って
南へ飛んで行くのが見えた
※これはツバメさんと言う若い詩人さんに書いた作品です、彼女は十四歳という若さで心臓移植手術を受けるためアメリカへ行くと言う、それで彼女のはげましの意味も含めて書きました。
ただ悲しい事に、彼女は十五歳の誕生日を迎える事無く神に召されたと人伝に聞きました。
2匹のツバメのお互いを思いやる胸が熱くなる物語だなと思う一面、考えさせらる一面も有りました。障害によって傷ついて目指していた目的を変える事が妥協じゃなく、新たな挑戦だと思える作品だなと思いました。目的地に行く事が大事じゃなくて、行く事によって何が出来るかが大事なんだと思わせる作品でも有ると思いました。
詩人のツバメさんもトウゾクカモメと言う名の病と闘う勇気を貰えた思います。
詩人のカモメさんもトウゾクカモメに負けていないと思います。病から逃げずにアメリカへ渡ったのですから、詩人ツバメさんの勇気を称えて黙祷させて頂きます。