「ぼらと彼」 第二章
私はこの狭い塀と吊り上げられた時の疲れで泳ぐ事も出来ずだた浮草のように浮かんでいた。暫らくすると又彼がやってきて、浮かんでいる私を見ると驚いたように大丈夫かと声をかけてきた。しかし疲れ切った私は返事の変わりにちょっとだけ尾ひれを動かすのがやっとだった。彼はそんな私を見てああよかった、生きていたんだねと優しくいってくれたが、魚と人間では言葉など通じるはずもなく、それでも彼の顔は私が生きていることで安堵の顔で暫らく私を見ていたが、そうだ餌をやらなくちゃというと又どこかへ行ってしまった。
暫らくして戻ってきた彼は私のいる水槽にもって来た餌を放りなげると、食べるかなという顔をして水槽を覗き込んでいた。まだどこか幼顔の残る顔ではあったが目がとてもやさしそうな目をしていた。私が餌を一口ぱくっと飲み込むと彼は「あ!」と声を上げて嬉しそうな顔で私にしきりと何か話しかけてくるのだけれども、私には人間の言葉など全然わからなかった。それでも彼は一生懸命何かを言い続けた。お腹がすいていたせいもあって、私はばらまかれた餌をほとんど食べてしまった。そんなわたしを見ていた彼はほっとしたような顔でまたどこかへ行ってしまった。
あいにく空は今にも雨が降り出しそうな雲行きでいつもなら河口にみんな集まるのに、私はこの大きな塀の中ではどうする事も出来なく、ただどんよりとした空を見ているより仕方なかった。遠くで雷が鳴りなじめた。私は雷が苦手でいつもは仲間が笑いながら怖くないようにと私の周りに集まってくれるのだけれども、この塀の中は私一人だけだったので、私は怖さで固まった石ころのようにぎこちない姿で一人涙していたが、魚の涙なんて人間にはわかるはずもなかった。
暫らくすると彼が駆け足で私の所にとんできて、怖かったねと優しい言葉をかけ、大きな水槽を屋根のある物陰の所まで運んでくれた。
彼のはぁはぁという息使いが水槽に伝わってきて思わず我をわすれて大丈夫?と彼に声をかけた。すると彼は私の言葉がわかるようににっこりをほほえんで私を見返してくれた。私は嬉しくなって水槽の中を元気よくおよいで見せた。それを見た彼はよかったねと拍手を送ってくれた。
この水槽での生活が暫らく続くと私と彼の間に無言のテレパシーが通じるようになった。そして彼は寂しくないよ僕がいるからねと言ってくれた。
この頃は茶虎の猫が魚のにおいでもするのか水槽のまわりをうろうろするようになった。そして私のいる水槽から水を飲もうとするが、水槽の水は猫が伸びても口が届かないくらい下にあって、猫は私の所をぎょろ目で見ながらやっと水に届いた片手を自分の口にもっていき舐めている。私は猫がぎょろ目で私を見るたびに、その目の怖さに水槽の下の方で固まってしまっていた。猫は水を飲みたいのか、私が気になるのか体を水槽の中に乗り出す。そのたびに猫は足のバランスを失いふらつくので、私はそのたびに水槽の底で固まってしまっていた。茶虎の猫はこの頃毎日のように水槽にくるようになった。そんな時は彼が茶虎の猫を抱き上げて優しく毛づくろいをしながら猫用のおやつをあげていた。おかげで私は最近は猫におびえる事も少なくなったが、やはり水槽の中はいつまでたっても刑務所の塀と同じで心細かった。彼は一日二回は私の水槽を覗き、そのたびに優しく餌を水槽にまいてくれた。そして笑顔で今日も元気だったねと言ってくれていることが私にはわかるようになってきた。私は彼が言葉をかけてくれる事がとてもうれしかった。
ボラちゃんが食べられてなく良かったです。
クロエさんの川柳には、食べ物でありませんの注意書きが貼られてました。😅