焼き芋の話
夏の日のことです。
スーパーの焼き芋売り場にはお客が来ず、とても暇でした。
「あーあ、こんなに客が来ねえなんて、どうなってるんだい。みんな、わかっちゃいねえなあ、暑い夏に食ってこそうめえのが焼き芋だってことをよ」
熱い焼き芋が文句を言っていると、その前を女の子たちが、
「夏はやっぱりアイスクリームよね。とってもおいしいわ」
熱い焼き芋には目もくれず通り過ぎました。
「ちくしょう!バカにしやがって!」
頭にきた熱い焼き芋は、よけいに熱くなってしまいました。
その日の午後、スーパーの若い店員さんが箱を抱えて、焼き芋売り場にやってきました。
店員さんは、熱い焼き芋に、
「今日からいっしょにならぶ新人さんだよ。なかよくしてやってね」
そう言うと、箱の中から焼き芋を取り出してならべました。
熱い焼き芋は、
「なんだ、おいらたちと同じじゃねえか」
不思議に思っていると、涼しそうな水色の包み紙を着た新人の焼き芋が言いました。
「はじめまして。私たち冷たい焼き芋なの。よろしくね」
きらりんとウインクをした冷たい焼き芋は、なかなかのカワイ子ちゃんです。熱い焼き芋は一瞬、ドキッとしましたが、すぐに先輩としての見栄をはって、
「おうよ。わからないことがあったら何でもおいらに聞きな。ところで、おまえたちはどうして冷たいんだ?」
「何言ってんのよ。こんな暑い夏に誰が好き好んで熱い焼き芋なんか食べるもんですか。私たち、夏の人気者なのよ。知らないの?」
熱い焼き芋は、びっくりして声が出ません。
すると、今まで暇だった売り場にひとり、またひとりとお客が来て、
「あら、この焼き芋、冷たくておいしそう。買っていきましょう」
来る客皆が、冷たい焼き芋をかごに入れてゆくではありませんか。
熱い焼き芋は、夢でも見ているのかとわが目をうたがいましたが、
「こんなインチキはあっちゃあならねえ!お天道様が西からのぼっても、冷たい焼き芋なんざ、おいらが許さねえ!」
またまた頭にきた熱い焼き芋は、さらに熱くなって頭から湯気が出ておりました。夕方になっても、さっぱり売れないことにがっかりして、
「もう、オレたちの時代じゃないんだな。時の流れにゃかなわねえ。芋は世につれ世は芋につれねえんだ」
うなだれて売り場を出て行こうとする熱い焼き芋に、
「情けないわねえ。いいかい、あたいたちだってね、夏は売れるけど寒い冬はさっぱり売れないんだよ。夏にあんたたち熱い焼き芋が売れないのは当然さ。だからって出て行っちゃあいけないよ」
冷たい焼き芋は、熱い焼き芋を引き止めて、
「まあ、いいから見てなって」
と、売り場に来たお客に声をひそめて言いました。
「ねえお客様、いいことお教えしましょうか?私たちをもっとおいしくするには、となりの熱い焼き芋といっしょに食べると、今まで味わったことのないおいしさになるのよ。ご存じ?」
お客は不思議そうな顔をして、
「でも、せっかくの冷たい焼き芋がぬるくなっちゃわない?」
「まず、熱いのを少し食べてから冷たいのをほおばるのよ。一度、おためしあそばせ」
冷たい焼き芋がまた、きらりんとウインクをすると、
「そうねえ、一度ためしてみるわ」
お客は、冷たい焼き芋の言うように熱い焼き芋もかごに入れました。
熱い焼き芋は、また自分の目をうたがいました。暑い日が続くようになってさっぱり売れなかった熱い焼き芋が売れたのです。
「おめえさん、なかなかやるじゃあねえか。あのウインクは魔法なのかい?」
熱い焼き芋が驚いていると、
「どうだい、見直したかい?頭は使うもんだよ。あんたみたいに湯気ばかり出してちゃあダメさ。さあ、いそがしくなるわよ」
冷たい焼き芋は、熱い焼き芋にまたまた、きらりんとウインクをしました。
翌日、焼き芋売り場には次から次へとお客がやってきて、熱い焼き芋と冷たい焼き芋をいっしょに買っていくではありませんか。
きのうのお客が来て言いました。
「あなたの言ったとおり、今まで味わったことのないおいしさだったわ。急いで友達にも教えてあげたの。今日は家族みんなの分もいただいていくわね」
冷たい焼き芋は、
「お客様、グルメでいらっしゃる。じゃあ、寒くなっても私たち冷たい焼き芋をよろしくお願いしますね」
笑顔でお客にお礼を言うと、今度は熱い焼き芋を見て、
「この貸しは、冬に返してもらうわよ。いいわね?」
冷たい焼き芋の顔があまりにも不気味だったので、熱い焼き芋は、体じゅうが冷たくなってしまったそうです。
こんにちは。楽しいお話ですね、話に起承転結があり、面白いけどそれ以上に「べらんめえ口調」の会話が愉快です。
「お天道様が西からのぼっても、冷たい焼き芋なんざ、あっちゃあならねえ」んですか(WW)、そういえば焼芋アイスってあったような・・・。
発想といい話の展開といい、軽妙で楽しい作品です。