鍵(5)
(忘れられていた鍵)
母の提案で今夜は、二人実家に泊まる事にした。父と夫のドア談義は夕食まで続き、ドアを造った事が満更無駄で無かった様に思えた。お酒が弱い二人が調子に乗って飲み過ぎて寝ているのを横目に母が、「さっさと片付けようか」と食卓を片付け始め、それを手伝いながら「お父さんが、あれ程に呑むのって珍しいね。」の私の言葉に母が「嬉しかったのよ。あんたに久しぶりに我儘を言われて。」酔い潰れている二人を見ながら片付けを済ませて、女二人で飲み直す事にした。「本当にどうする積りなのドア」の母の言葉に「本当はさ~ドアを潜(くぐ)ったら違う世界が広がっているはずだったんだけどね。」本気で子供みたいな事を考えていたのかと言わんばかりに顔をしかめ「お父さんは、子供の玩具にと言っていたけど、子供はつくらない積りなのかい?」少し胸を突かれる言葉に「私が大人に成れてないからね。」と誤魔化した。
「そうだね~。」と母が急に思い出したかの様に話し始めた。「アンタが子供の時に凄く泣いた事が有ったね。一週間くらい機嫌が直らなくて、ご飯も食べない程に落ち込んでさ~あの時は、どうしようかと思った。」「何、急に何の話し?」我に返る様に母が「子供の話しをしていたら思い出したのよ。アンタが祖母ちゃんから貰った日記帳の鍵が無くなって開かないと泣きじゃくっていた事をね。」母の言葉で思い出した。祖母が高価な鍵付きの日記帳を買ってきたは良いが三日坊主どころか二日目から見向きもしなく成って、平仮名を書く練習帳にと私にくれた事を。「ねえ、まだ在るかな~日記帳」の私の問いかけに母は、お父さんが何処かに置いているかもよ、明日にでも聞いてみれば良いけど鍵が無いから開かないわよ。
翌日、二日酔い気味の父に日記帳の事を聞いてみた。「確か、二階に置いていたはずだが、探してみようか?」の父の言葉に「お願い~探してみて」と手を合わせた。夫も気を使い一緒に探してくれた。数時間後に父が持って来た日記帳は色褪せて埃を被っており高級日記帳の面影は無かったが、鍵だけは壊れずに役目を果たしていた。日記帳を見ていると何故か、あの鍵が頭に浮かんで来た。でも大きさが合わないじゃないかと思いながら自分の荷物を置いている部屋へと行こうとしても、夫も両親も不思議と声を掛ける事なく自分達の会話に夢中だった。荷物から鍵を取り出して日記帳に近づけると鍵が日記帳に合わせる様に小さく成った。驚きで金縛り状態に成ったが、直ぐに気を取り直して鍵を差し込み回してみた。音もなく鍵が開き、そこには平仮名を書ける様に成ったばかりの私の字が並んでいた。自分で書いた字なのに読み取り難かったが、好きなお菓子屋や乗り物や友達の名前が大きく書かれていた。ページを捲る度に込み上げる物が有り涙と成って流れていた。そして、最後のページにメモと同じ字体で(あけてくれて ありがとう)と書いて有った。メモの字が平仮名だったのは、平仮名を覚えたての私からのメッセージだったからなんだね。それ程に日記帳の鍵を失くした事がショックだったんだね。涙で余計に読み取れない日記帳を持ちながら座って居る私に、戻って来ない事を心配した夫が声を掛けてきた。「どうした?泣いているのか?大丈夫か?」夫の声に大丈夫と返事をして日記帳の事を話した。
夫と両親の居る所へ戻り日記帳の事を話した。両親も信じられないと言いながら鍵が開いた日記帳を手にして目を丸くして見ていた。不思議な事も有るものだなと言いながら幼き私を見る様に両親が日記帳を見詰めていた。日記帳の中を見ながら夫が友達の名前の中に男の子が居ると目ざとく言いながら盛り上がる流れで夕食を外で食べる事にした。
職場では鍵の話しをするのは控えた。誰も鍵の事を聞いて来なかったし、話しても信じて貰える確信もなかったからだ。帰りに鍵屋により店員さんにドアを造ったのは無駄だったが、鍵を失くして開けられなかった日記帳を、あの鍵で開ける事が出来たと話した。「え!そんな不思議な話しが有るのですね。自分も不思議な出来事に関われた事が嬉しいです。」と思っていたより感激して貰えた様で嬉しくなった。期限なしのスペアキーを造る時の無料券を貰い家に帰った時には、全てが日常の生活に戻っていたが家の本棚には祖母から貰った日記帳がちゃんと有った。
(終わり)
※次回に「あとがき」を載せる事にします。
作品への思いは、「あとがき」に書くとして物語鍵を読んで頂いた皆さんには心から感謝とお礼を申し上げます。「あとがき」も読んで貰えたら大変嬉しく思います。下手ながら自分なりの作品への思いを書く積りです。最後の「あとがき」まで付き合って貰える事を願うばかりです。
本当に読んで頂き、コメントを書いて頂いた事に感謝します。
雪影さん こんばんは
鍵…よかった…長い道のり色々だったけど…懐かしい日記帳の鍵だったのですね。そして開いた中には懐かしい諸々がいっぱい詰まっていて…それは作者の心の中で眠っていたものが鍵が開いたと同時に生き返ったのですね。
そして日記帳の中いっぱいにつまっていたものは…懐かしくもあり切なくもあり嬉しくもある…。
最初は何々…と思いながら拝読させて頂きましたが、最後がほろりとさせられた素敵な物語でした。
「あとがき」も楽しみにお待ちしております。