本当の夜(物語編)
眠れぬ夜が続いている。お酒を飲んでも思考がぼやけるだけ、薬の助けを借りてだけは眠りたくない気持ちが眠りから遠ざけているのかもと思いながら、月の見えない部屋で月の詩を書いている。歌詞の無い音を部屋に流しながら、味覚が麻痺した舌で、お酒を飲んでいる。酔いが深く深く意識を沈めて行くけれど、心は見えない月と星を追いかけている。エンドレスに流れる歌詞の無い音に合わせて時間が溶けて行き、目覚まし時計が夜でない事を頭に直接、鳴り響き知らせてくるけれど眠れぬ眼(まなこ)は目覚める事を知らない。
今日も本当の夜を探す為に太陽に体を晒す。沈む事の無い様な太陽から降り注がれる尽きる事の無い光は、呼吸を忘れた肌から容赦なく水分までも奪い去る。人工の日常を生きる人達が目を逸らす様に私をすり抜けてゆくけれど、本当の夜を知っているのかしら?本当に心から笑っているの?本当に心から悲しんでいるの?本当に心から怒っているの?本当に心から愛しているの?そんな全ての感情は遠い昔の夢物語で誰も本気で語りはしない。
今夜、飲む酒代だけの労働をして、体を漂う昨夜の酒を抜くわ、空っぽの体と心が本当の夜を求めるから部屋に帰って歌詞の無い音をエンドレスで流すの。眠れない思考が本当の夜を詩にして私に語りかけて来る。
本当の夜
本当の夜が来たら
まず月を探しましょうか
本当の夜が来たら
まず星を探しましょうか
ねえ本当の夜って何
ねえ今夜の夜は偽り
本当の夜が来たら穏やかに眠れるでしょうか
三日月を揺りかごにして
本当の夜が来たら夢が見られるでしょうか
星に囲まれキラキラとした
本当の夜が来たら
あなたの夢に遊びに行くからね
今夜は少し眠れそうだから、あなたの夢へと遊びに行くね、二人なら本当の夜を見付けられそうだから、嫌な顔をせずに私の寝ている三日月を静かに揺らして欲しいの。キラキラとした星の様な夢の中でね。今夜は本当の夜を楽しみましょう。明ける事を知らぬかの様な秋の夜長の本当の夜を二人でね。
(終わり)
思いを飾らずに語るのにそれを拒む心もなくただひたすらその思いを知ろうとする互いが寄り添うように心を重ね静かに眠りにつく。
言葉が足りない事もなく語り過ぎる事もなく自然に終わる会話の後に、グラデーションの様に二人を覆う本当の夜。
たぶんこんな夜は秋の夜独特の風情でしょうね。
それにしても雪影さんのお話には必ずお酒が出てきますね(笑)。