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フォーラム記事

たけだたもつ
Deep Affection
Deep Affection
2023年10月12日
In 詩
水槽のところで約束をした 真昼のすん、とした感じ 色違いの飲み物を二人で飲み 明日も天気はあるのだと なんとなく思えた 歩く速度で歩くように わたしたちは笑う速度で笑う 許したことも 許されたことも知らない ただ生き物の塊として二つ 同じ耳鳴りを共有していた そこにあるということは 何かの形 多分わたしたちは形 自転車が少しずつ 組み立てられていく そのような匂いがする朝 市民プールの塩素が 溶けていく音を聞いた 互いに肩幅を見比べて 何も変わっていないと安堵し 椅子を二人分整える 命をゆっくり続けていく 色の綺麗な動物園に行きたい とあなたは言った わたしも行きたいと思い 行きたいと言った
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たけだたもつ
Deep Affection
Deep Affection
2023年9月27日
In 詩
公園の風に 子どもたちが落書きをしている 落書きは異国の文字みたいに すぐに形を崩し 消えてしまう ぼくはすぐ近くで 地図にも載っていないような 小さな紙を 呟きよりもさらに小さく 破り捨てている 宝くじが当たったんだよ 父はそう言い残して 車椅子のまま 母とぼくと犬を置いて 家を出ていった 母は新種の虹を探しに ぼくと犬を置いて 家を出ていった 犬はぼくを置いて 家を出ていった 落書きに飽きた子どもたちが 滑り台の階段を上っていく どこまでも上っていく 危ないから早く滑っておいで そんな言葉が喉まで出かかったのに 喉がどこにあるのか むかしから見つからない
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たけだたもつ
Deep Affection
Deep Affection
2023年9月13日
In 詩
(一) 明方の台所で 豆腐がひとり 脱皮をしていた 家の者を起こさなように 静かに皮を脱いでいた すべてを終えると 皮を丁寧に畳み 生ごみのところに捨て 冷蔵庫に入った 夕食は冷奴だった 僕は明方に見た 豆腐の脱皮の光景を 妻に話した 何、それ と言って妻は笑った 豆腐も笑った (ニ) 夕食に冷奴を食べようとして 豆腐を呼ぶけれど テーブルの下で膝を抱えたまま 出てこようとしない 仕方なく 自分もテーブルの下に入って 同じ格好で隣に座る しんみりとした夜 豆腐も自分もこんな暗闇から 生まれてきたのかもしれない そう思うと懐かしく感じられて いつもよりたくさん膝を抱える (三) 夕食の冷奴を食べると 石鹸の味がした 石鹸だった 豆腐はすべて食べてしまったの 妻は悲しそうに言いながら 絹ごしのような滑らかな手つきで ビールを注いでくれる ベッドの上には 枕の代わりに豆腐が ぐちゃぐちゃに捨てられていた 本当はこんなにたくさん 食べ残してしまったのだ (四) 豆腐のプラモデルを買った 思ったよりもたくさんの部品があった 毎日夢中で組み立てて その間にきみは 近所の羊飼いと駆け落ちしてしまった 数日後きれいな豆腐が完成した 通はわざと角などを崩すらしい 薬味はお好みで と説明書にあったので ネギと生姜を買いに出かけた 本当はきみに一番見せたかった (五) テーブルの下に 豆腐が落ちていた  食べるの、食べられるのに疲れて 飛び降りたのかもしれない 窓を開ける 初夏の風が吹いて 部屋の中を涼しくする 豆腐を庭の隅に埋めて 簡素な弔いの言葉を添えた 豆腐屋でその話をすると お店の人は黒板の正の字に 一本付け足した 今日のおすすめは 厚揚げらしい (について) 豆腐を食べているうちに 豆腐のことが気になり始めた 豆腐の色はどうだったか 豆腐の形はどうだったか 匂いや味はあったか どのように崩れ 何を受け入れ 何を拒むのか すぐにでも豆腐屋に行って 確かめたいけれど 今は豆腐を食べるのに忙しい いつまでもなくならない豆腐を前に 長梅雨は明ける
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たけだたもつ
Deep Affection
Deep Affection
2023年8月29日
In 詩
草が草の記憶を語りだすと 風の結晶はふと風に溶けていく 掌で温めていた卵が 消えてしまった時 わたしは初めて言葉を知った その日の夕方 新しいベッドを買ってもらった 感謝の気持ちを伝えたくて 薄暗い台所におりていくと 美味しい水、とラベルに書かれた 美味しい水を飲んだ 触れるものはすべてが柔らかく 束ねられている 言葉、上手になったのね そう褒められて覗き込んだ瞳には 海がひとつだけ映っていて 待合室みたいに狭く澄んでいたから わたしは待つしかなかった 蝉がまっすぐに夏を鳴いている 本当はベッドも台所もない 誰もいない野原に 卵だけが転がっている 浅く深く呼吸を繰り返しながら 待ち続けている身体 生きているのに 生きることが遥かに懐かしい
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たけだたもつ
Deep Affection
Deep Affection
2023年8月13日
In 詩
窓の外からプラハの音がする かつて愛していた人や物も 眠たい砂鉄のように 廃屋に降り積もっている 少し押し込むと そこで手触りは行き止まり 肉体は肉体たちのメニューとなり 旧市街地広場の石畳に 自由落下する カルレ橋に向かう途中で スラブ系の老人が笑いながら トーヤマノキンサン、と 声をかけてくる トーヤマノキンサンは もう生きていない 子供の頃に見ていた 中村梅之助ももういない 昭和の終わりに 江戸の時代もまた ひっそりと終わった トーヤマノキンサン トーヤマノキンサン 男の欠けた前歯の奥に 暗く澄んだ肉体がある 発せられる音や臭いは この都市の堅く強靭な椅子に 座り続けることで刻まれた 皺のひとつだった 中庭の洗濯物を揺らし 路地を吹き抜ける風に消えていく いくつもの皺のひとつ ヴルタヴァ川を 重く低く流れる年月に 桜吹雪が舞い落ちる 窓を開けるとプラハの音は あっけなく終わり、外にあるのは 日差しと湿気が どこまでも果てしなく続く この国の夏だ 終わらない夏に産まれ 終わらない夏に死んでいく 儚く、強かな命だ トーヤマノキンサン もういないよ
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たけだたもつ
Deep Affection
Deep Affection
2023年7月31日
In 詩
霊安室に母が椅子を並べている 「みんな死んだのよ」 いつこの仕事に就いたのだろう 死んだ体を扱うように 丁寧な手つきで並べていく 手伝おうとすると 「いいのよ、毎日、お仕事、大変でしょう」と言う 父のことを聞くと 「最初からいないでしょう」 俯いて答える そんなはずはないと思い 父の特徴を思いだそうとするけれど すべてが椅子の特徴になってしまう 遊園地にも三人で行ったはずなのに 母と二人で椅子に座ったことしか もう思いだせない 乾いた木と金属の音が室内に響く 「あなたは人だから」と呟いて 母は下を向いたまま 椅子を並べ続ける 胸につけた名札が揺れる 一字違いで花の名前になれない 母は昔からそういう人だった
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たけだたもつ
Deep Affection
Deep Affection
2023年7月14日
In 詩
私が私について語っている時に 兄が遠い県からやってきて 市民会館の職員と結婚した つう、と言えば、かあ、なのに 兄は我が子の名前を 考えるのに夢中で、最後は おまえに任せる、兄、つう ラクダがいいよ、私、かあ (私は世界ラクダ図鑑を眺めていた) 私の甥だか姪だかの名前は ラクダになった 兄の家族は職員住宅に住んだ ラクダが十八歳になったので お祝いを包んで 兄のマンションに行った (三人は職員住宅を引っ越していた) 鯨偶蹄目ラクダ科の方のラクダが 出てきたらどうしよう、 と思ったけれど ラクダは女の子だったと この時、初めて知った 私が私についての続きを 語っている時に ラクダが遊びにきて 結婚が近いことを告げた (ラクダは数年前に大学を卒業し経理の仕事をしていた) この名前結構気に入ってるんだ、と 干し草を反芻しながら ラクダは言った
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たけだたもつ
Deep Affection
Deep Affection
2023年7月01日
In 詩
子供たちが整列をしていた 何をしているのだろう とよく見ると 整列をしていた 身体の隅々にまでしみわたる 雲のように なだらかで滑らかだった 透明な水を植物にあげて 話すことなどもう残っていないのに スクリーンには音声がないままの 汗ばんだ映画が映しだされる 先ほどの子供たちはすでに 映画の中に出演していて よく見ると 整列をしていた 鶴を折るのが下手なので 練習すべきかどうか 迷っているうちに 数年が過ぎた その間に子供たちは 整列するのに必要な肩幅を 少しずつふわりとさせていった 昨日始まった夏が明日には 終わってしまうかもしれない 一番端っこに並び 隣の子からもらった折り紙で また一から鶴を折り始める 台があれば良かったのに 映画はいつまでも 夏の場面を往復している
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たけだたもつ
Deep Affection
Deep Affection
2023年6月14日
In 詩
午前、ほんの少し 台風があった 鉛筆を削る時によくやるような 些細な手違いが続き 新しい橋の開通式は 関係者とその親戚とで 執り行われていた 濡れた草むらには 観覧車が乗り捨てられていて 既に家族連れや 靴を汚した人たちが並んでいる けれど観覧車は何もしゃべらないから 何もしゃべらない人しか乗れない 幾種類の果物を口に運ぶように 俯いたまま眠れるような人が 好きだったことがある 結局、他の職業に就いて 体の中で終わっていくものも それなりにあった 橋の向こうから あまりよく知らない人が 手を振っている 観覧車、どうですか 声をかけたけれど 草むらのそれはもう 翅のある虫になっていて 空に飛び立つところだった
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たけだたもつ

こっそりと詩

Deep Affection
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その他
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