ビルの屋上に上り、手すりに足をかけた瞬間、ふと思い出した。自分がまだ太陽も知らないこと、大地も知らないこと。知っているのはただ太陽を見る目と、大地を踏みしめる足だけであったこと。無性に太陽とは何で大地とは何であるかを知りたくなった。生きようかしら。
けいと様、こんばんは
この詩を読ませていただいて深く考えさせられました。
人は日常に流されるとき、太陽も大地も実在のものと認識されていない。ただそこにある、平面的なものになっているように思います。ただ、死を前にしたときにそのものが立体的に命をもって浮かび上がってくるのではないか。その存在を感じることができたときに少し救われるのではないかと。この詩が問いかけてきたことへの私の答えでした。深く考える機会をいただきました。ありがとうございます。